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『白の闇』(ジョゼ・サラマーゴ)1995

・作品について

ポルトガル人作家ジョゼ・サラマーゴにより、1995年に出版された。原題は "Ensaio sobre a cegeira" 

視界が真っ白になるという謎の失明感染症が発生し、パンデミック状態にある世界。その中での人々の様子を描いた作品。

 

患者はまず使われていなかった精神病院に隔離されるが、それも時間の問題で、町中の人々、食料や衛生管理等を担当する政府側の者もまでも、皆が感染してしまう。

食事の奪い合い、殺し合いなどが発生し、グロテスクな展開が繰り広げられていきます。

 

 


・感想!

本当に良かった!フィクションであるのに怖いくらいリアリティがありました。

 

 

なぜこんなリアリティがあるのだろう。それは極限状態に置かれた人々がとる行動の野蛮さ、残忍さ、自己中心さ、弱さ、愚かさ、苦しさ、悲しみ、そうしたものが私たちが現実に持っているものと変わらないからだと思いました。文化的、理性的な面の下にある、原始的でお世辞にも綺麗とは言えない人間の一面がまざまざと描かれます。

 

現在(2020年9月)コロナ禍に置かれた私達はその状況と物語状況を否応なくとも比べてしまうでしょう。コロナ、このパンデミックに何らかの意味があるのだとしたら、与えられているのだとしたら、人間性というものについて考えてみろ、ということなのかもしれない。少なくとも、きっと白の闇はそういう理由で町を襲ったのかもしれない。

<翻訳>

そして、なんといっても翻訳がとても読みやすかったです!!

あとがきに書かれていますが、英語版の本を基盤に日本語訳を行ったそうです。原文(ポルトガル語)ももともと読みやすい文体だということですが、訳も良くてストレスなく読めました!

 

<盲目>

今回の作品の原題はEnsaio sobre a segueiraであり、翻訳すると盲目に関するレポート/考察のようになります。

視力を失うこと、見えないという状態であること、ここに作者は伝えたかった事があるはずです。

 

サラマーゴ自身は「我々は皆盲目だ」というコメントを残しています。

 

盲目、これをキーワードに少し考えてみました。

 

現代社会に生きる私達は、周りのことをちゃんと見れているでしょうか、見えているではなく見ているでしょうか。

この世界には様々な人がいてその分だけ異なる考え方や感じ方があって、それぞれの感情、生活があります。十人十色という言葉があるように色とりどりです。

でも、その沢山の色を私たちは見ているでしょうか。自分の見たい色しか見ていないのかもしれません。

白しか見えない、そんな症状はそういった現代人の姿を暗示しているとかんがえられるかもしれません。

 

<名前>

個人的に外国の作品を読む時に少し厄介なのはカタカナでの登場人物の名前です、、。(誰が誰か時々混乱してしまうし、頭に入れるのに少し時間がかかるんです、、)

 

さて名前に関しですが、この作品には名前のある者が出てきません。

「サングラスの女」「タクシー運転手」「医者」「斜視の少年」などという肩書や外見などで表されています。

 

私達は、他人のことをどんなふうに捉らえてるでしょうか。ちゃんと相手の中身を知っているでしょうか。

きっと大半の知り合いは、○○学科の友達、会社の上司、隣の部署の神の長い女性、など表面的な部分でストップしているかもしれません。それは私も、、。

 

<ラスト>

(以下ネタバレします)

作品のラストで、皆の視力が復活していきます。(物語はそこで結末を迎えますが、その後、あの仲間たちは互いの顔と名前を知ることになるのだろうか、と想像が膨らみます。)

 

ラストですが、私はこの終わり方とっても気に入りました!

謎の白い感染症、この闇は最後晴れることになったのです。この終わり方によって、「白い悪魔」は目的を持ってこの世界を襲ったのだろうと感じました。ただ単に理不尽に襲ったわけじゃない、人間を地獄へ落とすためだけではないということ。人間への試練というか、警告というか、そのような意図があっただろうなと。

 

そして元の状態に戻った今、自分を良い方向へと改めろ、そんなメッセージを感じます。

 

人間が社会的モラル、道徳的モラルなど生後身につけて行くものを失ったとき、私たち人間は思っている以上に醜く、弱く、愚かな存在なのかもしれません。私達が実際に持ち合わせているそういった面が、作品を通してまざまざと描かれています。

 


・作者について

作者はポルトガル人のジョゼ・サラマーゴです。 

1998年、「想像、憐み、アイロニーを盛り込んだ寓話によって我々が捉えにくい現実を描いた」とノーベル文学賞を授与されました。彼はポルトガル語圏で初めての受賞者となりました。

 

今回紹介している『白の闇』は彼の作品の中でも最も知られている作品だそうです。

 

<映画>

作品『白の闇』は映画化もされていて日本語字幕版もあります。

 

映画に関して一つエピソードをご紹介します。

ジョゼ・サラマーゴは完成した映画を観てずいぶん気に行ったそうです。原作者が映画化された作品を観てそれほどまでに評価するというのはなかなかすごいですよね。

 

彼が映画を観終えたときの映像があります。「この映画を観れて私は本当に幸せだ。。私が本を書き終わった時のように」と言っています。(気になる方は49秒あたりから見てみてください)

 



今回紹介した作品